コーヒー

東京駅の構内を歩いていたら、向こうから歩いてくる
同年輩の男性にXX君じゃないですかと声をかけられた。

思い出せないので、あいまいな日本人笑いをしていると、
高校で一緒だった誰それだという。

そのような同級生がいたような気もするし、見覚えがあるような気もしなくはないが、
思い出せない。
社会に入ってからずっと、高校のあった地から離れているし、
同窓会もほとんど出たことがない。


誘われるままに構内の喫茶店に入った。
同級生の消息などの話を聞いていると、親しかった友人の名前も出てくる。
同級生であることは間違いないようだ。
でも思い出せない。

さすがに相手もだんだんあきれ顔になってきた。
そして間をつなぐようにコーヒーに口をつけた。
当方もコーヒーを手にとった。

カップを両手に抱いてコーヒーの香りをかいでいると、
一つの光景が頭の隅に浮かんできた。
茶店のテーブルの向こうに高校仲間が二人。

思い出した。
霧の中のようにボンヤリとではあるが、
あの喫茶店にいた一人、それが目の前の人物のようだ。


ようやく話が通じるようになって、確認してみると、
クラスは違っており、友人を間にしたつきあいだったようだ。
何度か横浜駅近くの映画館に行き、帰りに喫茶店に寄ったこともあると言う。
そのあたりのことはこちらの記憶からすっぽり抜け落ちている。
茶店の場面だけが思い出されるだけだ。


それにしてもウン十年もたって同級生を見分けるなんて、いまでも信じられない。
途中、同窓会名簿業者と同類か、などという不埒な考えもチラっと頭を
かすめたが、そういう人ではなかった。
当方の中身に成長が無く、それが外ににじみ出ているということなのだろう。


聞けばやはり高校から遠く離れた地に暮らしているという。
出張に出て来て、これから帰ろうというところだったらしい。

無数のすれ違いの中での、出会い。
このような偶然が二度訪れることはない。
彼と会うことはもうないだろう。

それでいいのだ。
それぞれがしっかり生きていること、それが確認できただけで
むしょうに嬉しい。