目黒の富士  広重名所江戸百景より

 
先週の広重ツアーは山手線の西側、代官山から目黒不動までを
歩いた。
山手線の西側、渋谷川と目黒川にはさまれた台地である。

この台地は西側の方角に視界が開けていたため、
富士のビューポイントとして人気が高かった。
広重は名所江戸百景シリーズでこの地区の絵を5つ描いているが、
その中の3つに富士山が描かれている。

第25景 目黒元富士 (上目黒一丁目8)
イメージ 1

第24景 目黒新富士 (中目黒二丁目1-23)
イメージ 2

第84景 目黒爺々が茶屋(三田二丁目10-14)
イメージ 3

目黒元富士と新富士に描かれている小山は富士塚である。
これらの富士塚は現存しないが、いまでもその近くから富士山が見えるらしい。
この日は薄曇りの天気で、私の目では富士山の姿を確認することはできなかったが、
一行のおばさんたちは、てっぺんが見える、稜線が見えると盛り上がっていた。


帰ってきて写真を拡大してみた。
イメージ 4

うっすらと山影が見える。
丹沢山系の大山のようだ。
富士山は大山のピークと右端のビルの間に見えるはずだが、
それらしい姿はない。

大陸性の高気圧がはりだした日の夕方に、また訪ねてみたい。
富士山のシルエット写真がきっと撮れるだろう。

(注)24景の富士塚蝦夷探検で名をあげた近藤重蔵が、別邸内に作ったもの。
この塚は人気の場所だったが、重蔵晩年の運命を暗転させる原因ともなった。
広重がこの絵を書いたのは重蔵が塚を作ってから40年後のことである。