新井靖雄 「奥秩父 ― ダムで移転した人々」

あたたかく、おだやかで、哀切きわまりない写真集だ。

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かって奥秩父の中津渓谷に滝沢という集落があった。
険しい渓谷の中腹に100軒ほどの家がへばり付くように散在している。
そこにダム計画が持ち上がり、やがて湖底に沈んでいく。

この写真集は滝沢の暮らしと自然を淡々と写し取っている。
農作業、山仕事、川遊び、収穫、味噌作り、秋祭り、….。
人々の表情は穏やかで、明るくて、ダムの話など嘘のようだ。

やがて人々はお別れ会をし、家財を背負って山を下りていく。

この写真集にはダム建設反対という村人の気持ちを伝える写真は
1枚しか出てこない。
著者はダムを建設している人々にも温かい目を注ぎ、建設側にも
謝辞を述べている。

それでもこの写真集を閉じると、我々はとても大事な何かを
また一つ失ってしまったのではないかという思いがこみ上げてくる。
記録としての写真の向こうに見えてくるもの、そんなことを
感じさせる写真集だ。

ダムは2008年に竣工したが、斜面の地滑りなどは発生し、本格運用に
至っていない(wikipedia)。