城山三郎 「そうか、もう君はいないのか」

ベストセラーでもあり、あちこちの書評にも取り上げられているので、
いまさらながらという気もするが、ひさかたぶりに心にしみる本だった。
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経済小説の分野を開拓し、個人の尊厳を抑圧する日本の組織を描いてきた城山が、
一方で大変な愛妻家であったことはよく知られている。
この本は出版する予定で書かれたものではなく、亡き妻との思い出を書きとめた文章を、
城山の死後、娘さんが中心になってまとめたものだそうだ。

城山は最近物忘れがひどくなったと嘆く。
妻と過ごした日々の記憶が消えていくのを恐れるかのように城山は書く。

「天から妖精が落ちてきた」ような最初の出会い、ダンスホールでの「奇跡」の再開、
結婚生活、作家として独り立ちしていく日々、そして急な別れ。

 『容子(妻)の死を受け入れるしかない、とは思うものの、
  彼女はもういないのかと、ときおり不思議な気分に襲われる。
  容子がいなくなってしまった状態に、私はうまく慣れることができない。
  ふと、容子に話しかけようとして、われに返り、
  「そうか、もう君はいないのか」と、
  なおも容子に話しかけようとする。』

加藤仁の最新刊「城山三郎伝 ― 筆に限りなし」は、城山が決して妻の位牌や墓に
近づこうとしなかったことを紹介している。
妻の死のシンボルである位牌や墓は受け入れがたいものであり、城山の中では
妻と共にあるという感覚がずっと続いていたのであろう。